BLACKPINKジスの恋愛告白は例外。アイドルファンはなぜ熱愛を許せない?【梁木みのり】
◾️生々しい現実から逃避したい・・・
アイドルは生きた人間でありながら、テレビやスマホの画面、ステージのあちら側とこちら側、サイン会のテーブルのあちら側とこちら側でファンと隔てられることによって、純粋に情報化されることを可能にしている。現実との間に一本の線を引くことで、あちら側に「夢」の世界が現れる。
ファンが逃げ出したいものの一つには、自分自身の体の生々しさがあるだろう。劣等感が強く、現実で恋愛ができないという人もきっと少なくない。ままならない現実からの逃避行のために、ファンはアイドルを仮想の共犯者に仕立て上げる。
ただ、現実を離れて「夢」の国に行きたいと思うこと自体は普遍的だ。だからこそ私たちはアニメやドラマや映画を見て、まさに「夢」の国たるテーマパークへ行く。アイドルだって、現実を忘れるためのエンタメの一つだ。人間一人がまるごと、テーマパークのような役割を担っているだけであって。
ほとんどのアイドルグループが同性のみで構成されていることにも、性差があることで見える生々しさをあらかじめ取り除いておく機能がある。もし同性だけの環境に、見知らぬ異性の姿が現れたら……。その人が芸能人ならばまだ、「あちら側」の人だからと受け入れられるだろう(それでも嫌と言うファンはいるが)。もし一般人なら、それはまさに憎むべき現実そのものだ。アイドルと異性のファンにとっては特に、否が応でも恋人と比較される自分自身の身体と、アイドルの異性としての身体を意識させられてしまう。
実は「熱愛」という言葉も、事態をマイルドに受け止めるのにひと役買っている。私たちは芸能人の恋愛にのみ、特別に「熱愛」という言葉を使う。「熱愛相談する」とは言わないし、「アイドルの恋愛報道」とも言わない。「熱愛」は、現実の恋愛とは違う、あちら側の世界の出来事ですよというサインだ。そもそもゴシップもエンタメの一つだろう。
「匂わせ」はメディアというよりは主にファンダムで使われる言葉だが、これも元はアイドルやその恋人に対して特別に使われる言葉だ。特別な言葉で情報化することで、人々は生々しい現実に向き合うことから避けている。